「いただく」をめぐる誤用(2)「こちらをクリックいただくと…」シテはどこに消えた?!

カタカナ語+「いただく」、漢語+「いただく」に見られる「して抜き」現象

「クリックする」「ダウンロードする」「応援する」「参加する」など、カタカナ語の名詞や漢語の名詞に「する」がつくと動詞になるものがある。それらの動詞を「〜いただく」の形にしたときに見られる誤用の一つが「して抜き」だ。実例を挙げよう。

*こちらをクリックいただくと、お申し込み画面に移動いたします。
*このたびはダウンロードいただき、ありがとうございます。
*A誌にインタビューいただいて感激しました。

*大勢の皆様に応援いただきました。
*ぜひ参加いただきたいと存じます。
*ご自由に見学いただけます。
*確認いただいたら、次にお進みください。
*皆様に支援いただいて、今の活動ができております。
*自分のような者の動画を多くの皆さんに視聴いただいているのが不思議です。

すべて、必要な「して」が抜けている例だが、これらを訂正する前に、次の三つの文を見てほしい。

*特急券を購入いただくと、特急列車にもご乗車いただけます。
*ご理解いただけないお客様には退出いただきます。
*本の作者の言葉:(編集者に)講演やインタビューを再構成いただき、最新情報を追加していただきました。

いずれも、一文中に「いただく」が二回出てくる。どの例も、そのうち一つは正しく使っていて、もう一つは間違った使い方をしている。「購入いただく」は×で「ご乗車いただく」は○、「ご理解いただく」は○で「退出いただく」は×、「再構成いただく」は×で「追加していただく」は○。これは○×クイズか?!

「いただく」を使わずに丁寧語(です・ます)だけにすると、次のようになる。文法的には正しいが、文としてやはりおかしい。

?特急券を購入してもらうと、特急列車にも乗車してもらえます。
?理解してもらえないお客さんには退出してもらいます。
?(編集者に)講演やインタビューを再構成してもらい、最新情報を追加してもらいました。

短い文の中で「もらう」を二度も使うのはくどい。一度だけ、もしくは一度も使用しないで話者の言わんとすることを表すのは可能だろうか。一つ目と二つ目は可能だ。「(あなたが)特急券を購入すると、(あなたは)特急列車にも乗ることができる」「理解しない客には退出してもらう」というのが話者の言いたいことだ。三つ目の文は、著者が編集者にしてもらったことを書いている。ここは「もらう」を二度使うしかないのだろうか。

敬語で書くと、こうなる。

・特急券をご購入になると、特急列車にもご乗車いただけます。
・ご理解くださらないお客様には退出していただきます。
?(編集者に)講演やインタビューを再構成していただき、最新情報を追加していただきました。

「いただく」が二度出てくる三つ目の文は、やはりくどい感じがする。日本語として美しくない。「もらう」ではなく「くれる」を使い、敬語の要素を必要最小限にとどめたのが次の文だ。

・(編集者が)講演やインタビューを再構成し、最新情報を追加してくれました。

著者と編集者は二人三脚。本を作っている間は、言ってみれば身内、仲間、戦友みたいなものだから、丁寧語で書いておけばよいと思う。

冒頭のカタカナ語+「いただく」の訂正例

〔  〕内は、「いただく」を用いない場合。

・こちらをクリックしていただくと〔クリックすると〕、お申し込み画面に移動いたします。
・このたびはダウンロードしていただき、ありがとうございます。
・A誌にインタビューしていただいて感激しました。

「して抜き」なのだから「して」を足せばいいだけの話だが、一応、書いておいた。語学学習において、誤用例(このブログでは、*のついた文)を見るより、正しい文(このブログでは、・のついた文)を繰り返し音読するほうがはるかに効果的だと言われる。私も心の底から同意する。そう思いながらも、せっせと誤用例を挙げる私…

冒頭の漢語+「いただく」の訂正例

漢語+「いただく」の場合は、「していただく」「ご〜いただく」のいずれかになる。ただし、「ご〜いただく」が使いにくい場合もある。「していただく」はいつでも使える。〔  〕内は、「いただく」以外の言い方の例。

・大勢の皆様に応援していただきました。
・ぜひ参加していただきたい/ご参加いただきたいと存じます。
・ご自由に見学していただけます/ご見学いただけます。
・確認していただいたら/ご確認いただいたら〔確認なさったら〕〔ご確認の上〕、次にお進みください。
・皆様に支援していただいて/ご支援いただいて、今の活動ができております。
・自分のような者の動画を多くの皆さんに視聴していただいている/ご視聴いただいているのが不思議です。

「〜ください」の「して抜き」と、和語における「して抜き」に似た現象

「して抜き」現象の出始めのころは、漢語またはカタカナ語+「いただく」の場合だけだったが、次第に、漢語またはカタカナ語+「ください」においても見られるようになった。

*サポートください。
*奮って参加ください。

正しい形は次のとおり。
・サポートしてください。
・奮って参加してください/ご参加ください。

そして、和語+「ください」にまで似たようなものが出現した。ついに、和語にも魔の手が伸びてきたか。こんな張り紙を見つけてしまった。

*携帯電話の使用は控えください。

これはもちろん「して抜き」ではないのだが、私には「参加ください」とよく似た誤用に思えたので、「して抜き」のようなもの、として取り上げた。間違いのない言い方は以下のとおりだ。

・携帯電話の使用は控えてください。
・携帯電話のご使用はお控えください。

「使用は控えてください」を「お控えください」と尊敬語にする場合、「使用」にも尊敬の接頭辞「ご」をつけて「ご使用」としたい。

私が思うに、この文の作成者は「控えてください」や「お控えください」を何となく知っていたけれども、「*お控えしてください」とか「控えさせてください」とかも頭に浮かび、何が正しいのかよくわからなくなって、エイッとばかりに「控えください」にしてしまったのではないだろうか。

それなら、もっと簡単に、次のようなシンプル版にしてもよかった。尊敬語の要素はほとんどないが、少なくとも間違いを犯さずにすむ。

・携帯電話は使用しないでください。(シンプル版)
・携帯電話はご使用にならないでください。(シンプル版を尊敬語にしたもの)

ところで、「参加ください」は「して抜き」だが、「ご抜き」であるとも言える。「参加してください」「ご参加ください」の二つの言い方があるからだ(それ以外にも正解はある)。「参加」の前に「ご」をつけるか、「参加」のあとに「して」をつけるかのどちらかだ。「ご参加してください」のように両方つけてしまう誤用も見られるが、両方つけるのも両方省くのも困る。「ご」をつけるか「して」をつけるかだ。敬語は過不足なく用いたい。

作成者: マチルダ

マチルダこと野口恵子です。昭和27年(1952年)11月に愛知県瀬戸市で生まれ、東京で育ちました。現在は埼玉県在住。日本語とフランス語を教えています。著書に、『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)、『バカ丁寧化する日本語』『失礼な敬語』『「ほぼほぼ」「いまいま」?! クイズおかしな日本語』(以上光文社新書)などがあります。このブログでは主として日本語の敬語について書いていますが、それ以外の話題に及ぶこともあります。どうぞよろしくお願いいたします。

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