外国人日本語学習者のための敬語練習問題
『耳から覚える日本語能力試験文法トレーニングN1』(アルク、2010年、pp.116-117敬語の問題)
( )に入るものとして、最も適当なものを一つ選びなさい。(問題文中の漢字、ふりがな、句読点は原文通り。ただし、ふりがなは以下のようなカッコの中ではなく、漢字の上にルビがついている。)
1.「本日はお忙しい中、遠いところを( )くださり、ありがとうございました」
a. おいき
b. おあがり
c. おこし
d. まいり
2.(銀行で)「番号札(ふだ)を( )方はこちらでお取りください」
a. お持ちしない
b. お持ちでない
c. 持たない
d. お持ちならない
3.「本日は私どもの練習の成果を( )たいと存じます」
a. お目に入れ
b. お目にかかり
c. ご覧(らん)になり
d. ご覧に入れ
4.「林(はやし)部長がお戻りになるまで、こちらで( )よろしいでしょうか」
a. 待たせていただいて
b. お待ちになって
c. お待ちくださって
d. お待たせいただいて
5.「本日は雨ですので滑(すべ)りやすくなっております。( )」
a. 足もとにご注意してください
b. 足もとに気をつけになってください
c. お足もとにご注意ください
d. お足もとにお気をつけしてください
6.「すみません。この製品の資料をいただきたいのですが」
「お手数ですが、資料は担当の者から( )」
a. いただいてください
b. お受け取りください
c. ご拝受(はいじゅ)ください
d. 頂戴(ちょうだい)なさってください
7.「この実験方法について教授のお考えを( )」
a. お聞かせ願えませんか
b. 耳に入れたいのですが
c. お聞かせしてください
d. お耳にしたいと存じます
8.「恐れ入ります、こちらにお名前をご記入( )」
a. いただけますか
b. されてください
c. なさいませ
d. にお願いします
9.「本日司会を( )佐藤(さとう)と申します。どうぞよろしくお願い致(いた)します」
a. やる
b. させます
c. 務(つと)めます
d. させてもらう
10.「何か足りないものなどございましたら、どうぞご遠慮(えんりょ)なく( )ください」
a. おっしゃり
b. 伺って
c. お承(うけたまわ)り
d. お申し付け
11. 拝啓(はいけい)、( )ますますご繁栄のこととお喜び申し上げます。
a. 弊社
b. ご社
c. 高社
d. 貴社
12.「まことに勝手ではございますが、明日までにご返信をいただければ( )」
a. 幸せでございます
b. 恐縮に存じます
c. ありがたく存じます
d. ありがとうございます
13.「お客様のお荷物は、係の者がすぐにお部屋まで( )」
a. お持ちします
b. 持って差し上げます
c. お持ちになれます
d. お持ちになります
14.(電話で)「田中(たなか)部長をお願いします」
「申し訳ございません、ただ今席をはずして(①)。ご伝言があれば(②)が」
① a. ございます
b. いらっしゃいます
c. まいります
d. おります
② a. 聞きます
b. かしこまります
c. 承(うけたまわ)ります
d. 拝聴(はいちょう)します
15.「お母さまはお元気ですか」
「はい、おかげさまで。母がくれぐれもよろしくと( )」
a. おっしゃっています
b. 言っていらっしゃいました
c. 申しておりました
d. 申し上げておりました
16.「○○会社の山田(やまだ)と申します。営業課の鈴木(すずき)課長をお願いします」
「( )ね。少々お待ちください」
a. 鈴木課長です
b. 鈴木課長でいらっしゃいます
c. 鈴木さんでございます
d. 鈴木です
17. 部下「部長、A社の加藤(かとう)様がお見えになりました」
男性上司(じょうし)「あ、第一応接室で2、3分( )」
部下「かしこまりました」
a. お待たせいただいてくれ
b. お待ちいただいてくれ
c. 待たせていただけますか
d. お待ちもらってくれますか
18.「何もございませんが、どうぞ」
「どうぞ( )」
a. おかまいなく
b. 遠慮(えんりょ)なく
c. ありがたく
d. ちょうだいします
19.「和服のときは、イヤリングはなさらないほうが( )よ」
a. よろしくてございます
b. よろしゅういらっしゃいます
c. よろしくていらっしゃいます
d. よろしゅうございます
20. この度は私どもの結婚に際し、ご丁寧(ていねい)なご祝辞とお祝いを( )、厚く御(おん)礼申し上げます。
a. 賜(たまわ)り
b. もらい
c. お受けし
d. 承(うけたまわ)り
<< 解 答 >>
1.「本日はお忙しい中、遠いところを(c. おこし)くださり、ありがとうございました」
a. おいき
b. おあがり
c. おこし
d. まいり
「おいで」「いらして」「いらっしゃって」も可能。「お越しくださる」は「来てくれる」の尊敬語。「お越しになる」「おいでになる」「いらっしゃる」は「来る」の尊敬語。
2.(銀行で)「番号札を(b. お持ちでない)方はこちらでお取りください」
a. お持ちしない
b. お持ちでない
c. 持たない
d. お持ちならない
「お持ちでない方」は「持っていない人」の尊敬語。
3.「本日は私どもの練習の成果を(d. ご覧に入れ)たいと存じます」
a. お目に入れ
b. お目にかかり
c. ご覧になり
d. ご覧に入れ
「お目にかけたい」「お見せしたい」も使える。「ご覧に入れる」「お目にかける」は「見せる」の謙譲語。「見てもらいたい」を敬語にした「ご覧いただきたい」も使える。
4.「林部長がお戻りになるまで、こちらで(a. 待たせていただいて)よろしいでしょうか」
a. 待たせていただいて
b. お待ちになって
c. お待ちくださって
d. お待たせいただいて
「お待ちしていても」「お待ちしても」も可能。
5.「本日は雨ですので滑りやすくなっております。(c. お足もとにご注意ください)」
a. 足もとにご注意してください
b. 足もとに気をつけになってください
c. お足もとにご注意ください
d. お足もとにお気をつけしてください
「気をつけてください」より敬意の度合いの高い言い方として「お気をつけください」を使う人が多いが、これは慣用。正しい言い方を示すと、「気をおつけになってください」「気をおつけください」となる。「気をつける」を一語の動詞と見なして、「お〜になる」の形「お気をつけになる」にしたものと思われる。その場合「お気をつけになってください」「お気をつけください」が言えることになるが、残念ながら「気をつける」は一語の動詞ではない。
「お気をつけください」は、「声をかけてください」が「お声をかけください」になるようなものだが、「お声をかけください」は聞かない。「お声がけください」は耳にするが、これは「声がける」という動詞が存在すると仮定した場合の言い方。そのような動詞はない。
「声がける」ではなくて、名詞「声がけ」+「する」を「お〜ください」の形にしたのだと主張する向きもあるかもしれないが、「声がけ」もしくは「声かけ」という名詞も存在しない。辞書の中には、最近載せるようになったものもある。三省堂のデジタル大辞林(アプリ)には「声掛け」が見出し語として載っており、「声をかけること。日常などの様子を問うために声をかけること」と書いてある。「声掛け」を載せていない明鏡国語辞典第三版(大修館書店、2021年)で「声を掛ける」を見ると、「呼びかける。また、誘う」とある。新語の「声掛け」や「お声がけください」は、「声をかける」の元の意味とは少し違うものになっているようだ。
「お声がけください」と同じ形の「お申し込みください」の場合、元の動詞は名詞「申し込み」+「する」のサ変動詞ではなく、「申し込む」という五段活用動詞だ。したがって、「お声がけください」が成立するためには、「声がける」という動詞の存在が大前提となる。
6.「すみません。この製品の資料をいただきたいのですが」
「お手数ですが、資料は担当の者から(b. お受け取りください)」
a. いただいてください
b. お受け取りください
c. ご拝受ください
d. 頂戴なさってください
「受け取る」の尊敬語「お受け取りになる」を用いる。「いただく」「拝受する」「ちょうだいする」は謙譲語であり、目上の相手の行為には使わない。dの謙譲語と尊敬語を一緒にした「ちょうだいなさる」は、「いただかれる」と同じ種類の誤用。
7.「この実験方法について教授のお考えを(a. お聞かせ願えませんか)」
a. お聞かせ願えませんか
b. 耳に入れたいのですが
c. お聞かせしてください
d. お耳にしたいと存じます
「お聞かせくださいますか」「お聞かせくださいませんか」「お聞かせいただけますか」「お聞かせいただけませんか」なども可能。「お/ご〜願います」「お/ご〜願えませんか」「お/ご〜願えますか」は依頼の表現。「こちらにご記入願います」「詳しくお話し願えませんか」「お決まりになりましたらお知らせ願えますか」など。
cの「お聞かせしてください」は、「して」を取れば正しい形となる。
8.「恐れ入ります、こちらにお名前をご記入(a. いただけますか)」
a. いただけますか
b. されてください
c. なさいませ
d. にお願いします
「ご記入ください」「ご記入くださいますか」「ご記入願います」「ご記入願えますか」なども可能。
cの「なさいませ」は丁寧な命令の言い方だが、「ここに名前を記入してください」のような事務的なメッセージには使われない。「もう遅いので、そろそろお休みなさいませ」「お体に障りますから、これ以上飲むのはおやめなさいませ」といった使われ方をする。すなわち、「そろそろ寝なさい」「これ以上飲むのはやめなさい」と言うことのできる人間関係において使われる。
9.「本日司会を(c. 務めます)佐藤と申します。どうぞよろしくお願い致します」
a. やる
b. させます
c. 務めます
d. させてもらう
「担当いたします」も可能。「仰せつかりました」も使える。「させていただきます」「務めさせていただきます」と言う人がいるが、許可と恩恵の表現である「させていただく」をここで使う必要はない。
10.「何か足りないものなどございましたら、どうぞご遠慮なく(d. お申し付け)ください」
a. おっしゃり
b. 伺って
c. お承り
d. お申し付け
「申し付ける」とは、上の人が下の者に用を言い付けること、命令すること。aが「おっしゃり」でなく「おっしゃって」であれば、それも正解。
11. 拝啓、(d. 貴社)ますますご繁栄のこととお喜び申し上げます。
a. 弊社
b. ご社
c. 高社
d. 貴社
近ごろは「御社(おんしゃ)」も使われている。明鏡国語辞典第三版(大修館書店、2021年)の「御社」の項に、「『貴社』が多く書面で使われるのに対し、『御社』は多く口頭で使われる」、「貴社」の項に「商用文などの書面で使う」と書いてある。ちなみに、新明解国語辞典第六版(三省堂、2005年)で「おんしゃ」を引くと、「恩赦」のみで、「御社」は載っていない。かつて口頭では「そちらの会社」「そちら様」「お宅の会社」「お宅様」などが用いられていたと記憶している。
『敬語』(菊地康人著、講談社学術文庫、1997年)によると、「御(おん)」はほぼ二人称者専用で、「御地(おんち)(=あなたのお住まいの地)ではよい季節をお迎えのことと存じます」「御身(おんみ)(=おからだ)お大切に」のように、主に手紙で使うとのこと。「貴」も手紙用語で、「貴下・貴兄」は男性間で主に同輩以下に使う二人称代名詞、「貴社・貴校」は団体に対する二人称代名詞だと書いてある。
aの「弊社」は自分の所属する会社を謙遜して言う言葉。
12.「まことに勝手ではございますが、明日までにご返信をいただければ(c. ありがたく存じます)」
a. 幸せでございます
b. 恐縮に存じます
c. ありがたく存じます
d. ありがとうございます
「存じる・存ずる」は、ここでは「思う」の丁重語。「幸いです」「幸甚に存じます」も使える。
13.「お客様のお荷物は、係の者がすぐにお部屋まで(a. お持ちします)」
a. お持ちします
b. 持って差し上げます
c. お持ちになれます
d. お持ちになります
この「お持ちする」は、「(あなたのところへ)持っていく」の謙譲語。「お持ちする」は本来、「お荷物、お持ちします」のように、「(あなたの○○を私が)持つ」と言いたいときに使う。「お荷物を持ってあげます・持って差し上げます」だと「やってあげる」感が強く、恩着せがましい。
14.(電話で)「田中部長をお願いします」
「申し訳ございません、ただ今席をはずして(① d. おります)。ご伝言があれば(② c. 承ります)が」
① a. ございます
b. いらっしゃいます
c. まいります
d. おります
② a. 聞きます
b. かしこまります
c. 承ります
d. 拝聴します
① 電話を受けた社員が田中部長の上司であっても部下であっても、「身内を立てない」日本語では、謙譲語I、謙譲語II(別名丁重語)を用いる。「おります」は丁重語。「本日3時ごろそちらに伺うと、先ほど田中が申しておりました」の場合、「伺う」は「相手のところに行く」「相手のところを訪れる」の謙譲語I、「申しておりました」は「言っていた」の丁重語。
②「承る」は「聞く」「受ける」の謙譲語I。aの「聞きます」(丁寧語)は、「お聞きいたします」(丁重語)にすれば、可能。「かしこまる(畏まる)」は「かしこまりました」の形で、「わかりました」「了解しました」「承知しました」の意味で用いられる。「拝聴する」は「(人の話を)聞く」の謙譲語I。
15.「お母さまはお元気ですか」
「はい、おかげさまで。母がくれぐれもよろしくと(c. 申しておりました)」
a. おっしゃっています
b. 言っていらっしゃいました
c. 申しておりました
d. 申し上げておりました
日本語の敬語では身内を立てない。「母が言っていた」はしたがって「言う」と「いる」の謙譲語II(別名丁重語)を用いることになる。一方、「母」「言う」「いる」を尊敬語にすると、「お母様がおっしゃっていらっしゃいました/言っていらっしゃいました」となる。最近少なくなったとはいえ、家庭内でそのような話し方をする人々も存在するが、外部の人に対しては「母が申しておりました」と言う。「お母さんが言っていました」と言うのが許されるのは小学生までだ。もちろん、親しい相手に向かって「ママが言ってた」と言うのは、どの年代でも可能だ。
「申し上げる」は謙譲語Iで、「申す」は丁重語。謙譲語Iの特徴は行為の向かう先が必ずあり、それが高めるべき人物であることだ。「申し上げる」は、「私が先生にそのように申し上げました」「恐れ入りますが、一言、申し上げたいことがございます」のように使われる。
それに対して「申す」は、「言う」という行為の向かう先はあっても、高める必要がない、もしくは高めてはいけない人物である場合だ。たとえば、「弟に何度も申したんですが、全く聞く耳持たずで、呆れております」のように用いられる。また、「弟はヒロシと申します」のように、「誰かに向かって何かを言う」のとは異なる「言う」を、聞き手、読み手を高めて丁重に述べるときに用いられる。
16.「○○会社の山田と申します。営業課の鈴木課長をお願いします」
「(d. 鈴木です)ね。少々お待ちください」
a. 鈴木課長です
b. 鈴木課長でいらっしゃいます
c. 鈴木さんでございます
d. 鈴木です
たとえ上司であれ同じ会社の人間は身内扱いし、高めない。「です」より丁寧の度合いが高い「でございます」を使った「鈴木でございますね」も可能。苗字を呼び捨てにし、「鈴木専務」「鈴木部長」のようには言わない。確認の意味で役職名を添える場合は、たとえば「営業二課長の鈴木ですね」のように言う。
17. 部下「部長、A社の加藤様がお見えになりました」
男性上司「あ、第一応接室で2、3分(b. お待ちいただいてくれ)」
部下「かしこまりました」
a. お待たせいただいてくれ
b. お待ちいただいてくれ
c. 待たせていただけますか
d. お待ちもらってくれますか
「待ってもらってください」と言うこともできるが、問題文の上司は、この場所にいない加藤氏を高めて「待ってもらう」を「お待ちいただく」にし、「ください」を「くれ」にして部下に命令した。
aとdは日本語として成立しない。「待っていただいてくれ」「待ってもらってくれ」であれば、日本語として成立する。cの「待たせていただけますか」は、自分が待つときに許可を求める言い方として用いられる。
18.「何もございませんが、どうぞ」
「どうぞ(a. おかまいなく)」
a. おかまいなく
b. 遠慮なく
c. ありがたく
d. ちょうだいします
「どうぞおかまいなく」は、訪問先で食べ物や飲み物を勧められたときの決まり文句。「気を遣わなくていいですよ/私のために特別なことをしてくれなくていいですよ/何もしなくていいですよ」の意味だが、たいていの場合、「では、遠慮なく」とか言って普通に飲み食いする。
客のために豪華な食べ物を用意しておいて、「何もございませんが」と言うのが日本的謙譲の美徳の一つであったが、最近はあまり聞かれなくなったように思う。とはいえ、「私が一生懸命作ったんです。おいしいですよー」とは言わずに、「お口に合うかどうかわかりませんが」と謙遜するのが一般的だ。
19.「和服のときは、イヤリングはなさらないほうが(d. よろしゅうございます)よ」
a. よろしくてございます
b. よろしゅういらっしゃいます
c. よろしくていらっしゃいます
d. よろしゅうございます
「よろしゅうございます」は「いいです」「よいです」「よろしいです」をより丁寧に言ったもの。「おいしいです」→「おいしゅうございます」、「高いです」→「(お)たこうございます」、「暑いです」→「(お)暑うございます」、「遅いです」→「遅うございます」、「早いです」→「(お)はようございます」、「ありがたいです」→「ありがとうございます」、「めでたいです」→「(お)めでとうございます」など。
20. この度は私どもの結婚に際し、ご丁寧なご祝辞とお祝いを(a. 賜り)、厚く御礼申し上げます。
a. 賜り
b. もらい
c. お受けし
d. 承り
「賜る」は「もらう」の謙譲語。問題文の( )に「いただき」「ちょうだいし」を入れることもできる。
なんと紛らわしいことに、「賜る」は「与える」の尊敬語として「くださる」の意味でも用いられる。
日本語能力試験(JLPT)は、文字語彙、文法読解、聴解から成り、初級レベルのN5から上級レベルのN1まである。日本の大学、大学院での勉学、研究を希望する外国人はN1に合格していることが望ましい、とされている。