敬語は五つに分類される by 文化庁

敬語には五つの種類がある

平成19(2007)年に文化庁は、文化審議会答申「敬語の指針」(全77ページの冊子)を発表した。インターネット上で誰でも読むことができる。それによると、敬語は次の五つに分類される。尊敬語、謙譲語I、謙譲語II(丁重語)、丁寧語、そして、美化語だ。

この分類にしたがって、それぞれの例を(ほんの一例にすぎないが)挙げる。五種類の敬語の一つ一つを説明することがこの記事の目的ではない。「敬語の指針」に書いてあることを引用したり要約したりするものでもない。関心のある向きは「敬語の指針」を読まれたい。なお、私は、一般の日本人が日常的に使用する敬語について、一に正確、二にシンプルであることが望ましいと考えている。

尊敬語の例

講師控え室にA先生を訪ねてきた学生に、事務職員(女性)が言う。

さっきまでいらっしゃったんですけど。どうなさったのかしら。いえ、お帰りになってません。次の時間も授業がおありですから。そう言えば、機械の準備をしなくちゃとおっしゃってたから、もう教室においでになったのかもしれません。

事務職員が使った尊敬語は次の六つだ。「いらっしゃる(=いる)」「なさる(=する)」「お帰りになる(=帰る)」「おありだ(=ある)」「おっしゃる(=言う)」「おいでになる(=行く)」。

A先生を探しているのが親しい同僚だったとしたら、事務職員は次のように言うだろう。

さっきまでいらっしゃったんだけど。どうなさったんだろう。ううん、お帰りになってない。次の時間も授業がおありだもの。そう言えば、機械の準備をしなくちゃっておっしゃってたから、もう教室においでになったのかも。

相手によって口調は変われど、A先生に対する尊敬語はきっちりと押さえる。これが尊敬語の使い方の一例だ。

謙譲語Iの例

上司と部下とのやり取り。
上司:皆さんに資料をお配りして。それから、ご説明して差し上げて。
部下:わかりました。あのう、一つ伺いたいことがあるんですけど。
上司:ん?
部下:皆さんにサンプルをご覧に入れる際に申し上げなければならないことについてですが…

この会話に出てくる謙譲語Iは以下のとおりだ。「お配りする(=配る)」「ご説明する(=説明する)」「差し上げる(=あげる)」「伺う(=尋ねる、聞く)」「ご覧に入れる(=見せる)」「申し上げる(=言う)」

上司は部下に対して一切敬語を使っていないが、話の中に出てくる「皆さん」を立てて、敬語(ここでは謙譲語I)を用いている。部下は上司に対しても「皆さん」に対しても敬語(謙譲語I)を使っている。

謙譲語II(丁重語)の例

失礼いたします。大阪支店からまいりましたAと申します。大阪では経理を担当しておりました。

ここで使われている謙譲語II(丁重語)は次の四つだ。「いたす(=する)」「まいる(=来る)」「申す(=言う)」「おる(=いる)」

謙譲語Iの「申し上げる」と謙譲語II(丁重語)の「申す」は、ともに「言う」の謙譲語だが、「申し上げる」は目上の誰かに対して何かものを言う際の「目上の誰か」を高めた言い方だ。「言う」という行為の向けられた先(上の謙譲語Iの例では、会話の中に出てくる「皆さん」)に対する敬語だ。一方の「申す」は「言う」を丁重に述べることによって、聞き手を立てている。目の前の相手への敬語だ。

「さっちゃんはね、サチコっていうんだ、ホントはね。だけど、ちっちゃいから、自分のことさっちゃんって呼ぶんだよ」という可愛い歌があった。さっちゃんは少し大きくなったら、「サチコっていうの」と言うようになり、もっと成長したら、「サチコといいます」「サチコと申します」と名乗るようになる。さっちゃんを始め日本の子供たちは、こうして敬語を身につけていく。大人になったさっちゃんがパワハラ上司に、「部長、一言申し上げたいことがございますっ!」と抗議の声を上げる日がやってくるかもしれない。さっちゃんはそんなとき、「申し上げる」と「申す」を見事に使い分けるのだ。

丁寧語の例

丁寧語に分類されているのは、「です」「ます」「ございます」それに「でございます」。「でございます」は「です」をより丁寧にしたもの、ということだ。私には、これは単なる丁寧語ではなく、むしろ丁重語に近いように感じられるのだが、その理由などは別の機会に述べることにする。

丁寧語は誰もが問題なく使える敬語だが、一応、先の謙譲語II(丁重語)の例文を丁寧語にしたものを書いておく。

失礼します。大阪支店から来ましたAといいます。大阪では経理を担当していました。

美化語の例

「お寺」「お寿司」「お化粧」などを美化語と呼ぶ。「お」があってもなくても単語の意味は同じで(したがって、「おにぎり」は美化語ではない)、「お」をつけるかつけないかには個人差がある。やわらかく上品に言いたいときや、幼児に向かって話すときなどに「お」がつく。「皆さーん、元気にお歌を歌いましょう」「はーい、お片付けの時間でーす」といった具合だ。

「お」は尊敬や謙譲の接頭辞でもある。「よい子の皆さん、おじいちゃま、おばあちゃまにお手紙を書きましょう」の「お手紙」は美化語、「先生から直筆のお手紙を頂戴し、感激しております」は尊敬の「お」、「先日は突然お手紙を差し上げて、失礼いたしました」は謙譲の「お」ということになる。

「お」のついた言葉を並べて、それらが尊敬語か謙譲語か美化語か言わせる、などというテストがあるかどうか知らないが、そんなテストを受けるのでもない限り、分類や名称を知らなくても一向にかまわない。ちゃんと使えていればそれでいい。

作成者: マチルダ

マチルダこと野口恵子です。昭和27年(1952年)11月に愛知県瀬戸市で生まれ、東京で育ちました。現在は埼玉県在住。日本語とフランス語を教えています。著書に、『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)、『バカ丁寧化する日本語』『失礼な敬語』『「ほぼほぼ」「いまいま」?! クイズおかしな日本語』(以上光文社新書)などがあります。このブログでは主として日本語の敬語について書いていますが、それ以外の話題に及ぶこともあります。どうぞよろしくお願いいたします。

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